沢守半翠作 模交趾四方小皿
2020年02月01日
日本橋の海老屋美術店にて開催されておりました「海老屋十軒店」は昨日盛況のうちに終わりました。
ご来場いただきました皆様、誠にありがとうございました。
例年この時期は大阪の「大美アートフェア」の準備で忙しくなるのですが、今年は開催されないため少しのんびりできそうです。
大美アートフェアのないかわりに大阪では2000年から始まり3年に1回開催される「大美特別展」が今年で7回目を迎えます。(弊店は出展いたしません)
入場無料で素晴らしいお品がたくさん出品される予定ですのでお時間のある方は足を運んでみてはいかがでしょうか。
さて、本日は柘榴の絵が粋な四方小皿をご紹介いたします。
沢守半翠作 模交趾四方小皿 <大正〜昭和>
縦 9.8㎝
横 9.8㎝
高さ 2.0㎝
<作者略歴>
沢守半翠(さわもり・はんすい)
明治3年(1870)-昭和20年(1945)
小松生まれの数寄者。名は安吉。
沢守家は醤油製造を生業とする素封家で、半翠はその10代目。明治25年に家督を相続し六平を襲名。
俳諧、書画、作陶、茶道、華道など多才。
別号に白雲子、渋柿庵。作陶は原呉山、画は荒木探令、茶の湯は裏千家原呉山、奥村晴山に師事。
小松天満宮の月並茶会、能和会(現微妙会)の設立に尽力するなど、小松の茶道普及に大きく貢献した。
鮮やかな緑、黄色と目を惹く色使いで、さらさらと慣れた手つきで柘榴の輪郭線が彫られ上に紫色の釉薬が落としてあります。
高台には半翠の別号である「白雲子」の銘が彫られています。
交趾焼とは南中国製の軟陶質の彩色陶器のことで、交趾は北ベトナムのことですが交趾通いの商船でもたらされたために江戸時代に交趾焼と呼ばれるようになりました。
宋以来の三彩の伝統に明代の法花の技法が組み合わされたものが多くあります。
箱書には「模交趾」とありますが、半翠は小松の人とあって釉薬などはまるで九谷焼のような雰囲気が出ていますね。